特集【微生物が化学品をつくる】

次世代発酵技術で新しい循環型社会を

三井化学のグランドデザインに掲げる柱のひとつ「非化石原料活用技術の開発。」限りある化石資源原料から再生可能な原料へ。そのカギを握るのが微生物の力を最大限に活かす「生体触媒」、そして「次世代発酵技術」です。

生きている微生物を触媒に使う技術

お酒やみそ、納豆、チーズ、漬物……。私たちの食生活を豊かにしてくれるこれらの食品は、発酵という微生物の作用によってつくり出されています。遺伝子組み換え技術を使うことで、食品だけでなく様々な化学製品まで、効率よく生産することが可能になってきました。

「化学産業に欠かせないものに触媒があります。触媒とは、いわばほしいものを効率的につくる道具。微生物のもつ発酵という働きを触媒として利用するのが、生体触媒の考えです。我々が手掛けている生体触媒は、目的の化学品だけを選択的につくり出すとともに、これまでの触媒ではできなかった化学品をつくり出す特性をあわせもっています。」

そう説明するのは触媒科学研究所生体触媒技術ユニットの和田光史です。三井化学では1976年から遺伝子組み換え技術などを活用したバイオテクノロジーに取り組み、これまで8品目の製品化に成功しています。この経験を通して、三井化学は、強い生体触媒技術を作り上げました。

生体触媒には2つの手法があります。従来一般的だった酵素法では、大腸菌などの微生物につくらせた酵素(タンパク質)を取り出して触媒として使います。三井化学では、すでにアクリルアミドを酵素法によってつくり出す技術を実用化しています。これに対して、発酵法は生きている微生物をそのまま触媒として使います。例えば、グルコースからエタノールになるまで、細胞内で10の酵素が働いています。こうした複雑なプロセスを酵素法で行うのは難しいのです。発酵法では、培養液の中で生きた微生物がグルコースを餌にしながらどんどん増えていき、目的となる化学品をつくります。

「エタノール以外にも微生物の力でいろいろな有用なものを効率よくつくれないのか。残念ながら、そういう微生物は自然界にはなかなか存在しません。それなら、微生物そのものを変えてしまおう、遺伝子組み換え技術を使って、従来の発酵法では生産できなかった化学品を効率よくつくる微生物をつくり出そうというのが、次世代発酵技術の考えです」と和田は説明します。


触媒科学研究所
生体触媒技術ユニット 課長
主席研究員
和田 光史

非化石活用技術の戦略

バイオコンソーシアムの立ち上げ

世代発酵には4つの基盤技術が必要となります。ひとつは有用な酵素をつくる遺伝子を持った微生物を探す技術、2つ目はその微生物から取り出した有用遺伝子を大腸菌に組み込むと同時に不用な遺伝子を破壊する技術、3つ目は必要とする酵素の性能を向上させる技術、最後に発酵槽内の発酵条件を最適化する技術です。

「この4つがそろってようやくこの技術が完成するのです。当社はこのうち、2番目と3番目の技術に特に強みをもっています」(和田)

三井化学は、2007年にバイオコンソーシアムを立ち上げ、国内外の幅広い大学・研究機関や企業との共同研究・開発を進めています。外部との幅広い連携も活かし、生体触媒技術、次世代発酵技術を発展させていこうというねらいです。

「2007年に策定したグランドデザインの柱のひとつは、『非化石原料活用技術の開発』。現在の化学製品の原料は石油などの化石資源で、いつかは枯渇するものです。バイオコンソーシアムは化石原料に頼らない化学製品づくりのために必要な技術を、総合的に開発するために立ち上げたものです。生体触媒技術は、その中の重要な位置を占めており、非化石かつ非可食の資源から有用化学品を製造することを目的としています」(和田)

生体触媒技術・4つの基盤

食料と競合しないセルロース由来の原料

同じ生体触媒技術ユニットの木村桜子は、植物由来のセルロースから様々な化学品のもとになるグルコースをつくるプロセスを研究しています。木材など非可食の原料を利用することで、食料との競合を避けることができます。

「この技術には酵素法を使います。セルロース糖化酵素(セルラーゼ)をつくる微生物から取り出した酵素を組み合わせ、条件を整えて、効率よく低コストでグルコースをつくり出すことがテーマです」と木村は語ります。

セルロースは大気中のCO2が太陽エネルギーを使って固定されたもの。そのセルロースを分解したグルコースからつくられる様々な化学製品は、使用後に燃やしても元のCO2に戻るだけなので、結果的に大気中のCO2は増えません。「そればかりか、化学製品として使用されている間は、大気中のCO2を固定していることになり、地球温暖化の原因となるCO2削減にも大いに貢献します」(和田)


触媒科学研究所
生体触媒技術ユニット
木村 桜子

循環型産業実現へトップを疾走

「当社は次世代発酵技術で世界のトップクラスにあると自負しています。しかし、実用化までには、精製技術、廃水処理技術などの残課題を解決しなければなりません。また資源の安定的な調達は別の課題です。課題をすべてクリアするために、生産技術センターなど、いろいろな部門との協力が欠かせません。現在、茂原にあるバイオエンジベンチ(試験設備)にて、スケールアップのための中規模試験を実施しており、1日も早い実用化を目指します。」

和田は、大腸菌のもっている潜在能力を感じると語ります。「大腸菌は、打てば響くように結果を返してくれる。自然にはまだまだ伸びしろがあると感じます。それを引き出すのが科学の力。期待も大きくプレッシャーもありますが、職場はとてもいい雰囲気で、それがプラス効果を生んでいると思います。」 

木村が続けます。「目に見えない微生物が、私たちの想像もできないような大きな力を持っていることに、日々驚きながら、学んでいます。化学産業は今限りある資源を使っていますが、生体触媒技術を使うことで、循環型の化学産業へと進化させられる。それがやりがいでもあり、夢でもあります。」