2015年は、国連の「持続可能な開発のための2030アジェンダ」(SDGs)や、「気候変動枠組条約第21回締約国会議」(COP21)の「パリ協定」が採択され、持続可能な社会を目指していこうとする国際社会の共通認識が浮き彫りになりました。また、2016年度は三井化学グループにとって、事業活動を通じた社会貢献を目指す姿勢を明確にした2014年度中期経営計画の最終年度です。
そこで、社会と当社グループの持続的発展を実現していく上で、改めて、当社グループの進むべき方向性を考える場として、2016年7月20日、当社経営陣に向けて、株式会社日本総合研究所 理事 足達英一郎氏にご講演いただきました。

企業の持続可能性と、地球や社会の持続可能性はコインの裏表である

コーポレートガバナンス・コードは日本企業の稼ぐ力を高めるというアベノミクスの一環として出てきたものですが、私は、原則2の「中長期的な企業価値向上の基礎となる経営理念の策定に努めるべきである」という点、そして、「企業は社会・環境問題をはじめとするサステナビリティを巡る課題について適切な対応を行うべきだ」という点に注目しています。これは、企業の持続的成長は企業を取り巻くステークホルダーと良好な関係がなければ成り立たない、さらに進んで地球や社会が健全でなければ成り立たないという考え方が広く世の中で支持されつつあることの1つの証だろうと思います。最近は「持続可能性」という言葉は非常にポピュラーなものになりました。ただ、企業の中にいると、どうしても「企業の持続可能性」に目が向きがちになります。しかしそれは「地球や社会の持続可能性」とコインの裏表である、あるいは一体であるという考え方が、ひとつの大きなトレンドとして人々に支持されるようになっているということです。

企業の悪影響(リスク)と好影響(機会)をいっそう注視する投資家が生まれている

「様々なステークホルダーへの価値創造に配慮する」とか、「持続可能性を巡る課題に適切に対応する」というのはどういうことなのでしょうか。それは、企業の社会に対する責任の全うであろうと思います。つまり、「世の中は企業が引き起こす悪影響(リスク)と企業が発揮する好影響(機会)をなお一層注視するようになった」、ここが今日申し上げたい一番の肝のところです。そして昨今、それらを一層注視するような投資家が生まれています。どういう投資家に支持をいただくかというのも企業戦略のひとつだと思いますが、多くの企業がこのような社会的責任投資やESG投資というものを気にし始めているのは確かだと思います。

企業は「リスクと機会」のとらえ方の転換を迫られている

これまでも、ビジネスの議論をするときに「リスクと機会」という言葉が多くの企業で使われてきましたが、私は新たなとらえ方が必要だと思っています。これまでリスクと言うと、「企業活動に悪影響を与える要因とその顕在化」つまり、「外から企業に向かって飛んでくる悪影響」を意識することが多かった。しかし、この概念に加えて、「企業活動が引き起こす悪影響の内容とその顕在化」つまり、「企業が社会に及ぼす悪影響」をセットにしてとらえていくことが必要だと考えます。一方で、これまで事業機会というと「企業自らが開拓、獲得していくような経済価値」という文脈で議論されることが多かったのですが、ここでもうひとつ必要なのは、「社会課題を起点に企業活動が発揮できる好影響の可能性とその実現」という概念です。経済的価値は後から着いてくると言うと語弊がありますが、社会課題を起点に、企業活動がどう社会の役に立てるのかという発想ですね。こうした考えを組織の中で定着させた上で企業が目指すべきは、企業が引き起こす悪影響(リスク)を最小化すること、そして、企業が発揮する好影響(機会)を最大化することなのではないでしょうか。

  これまでのとらえ方 新たなとらえ方
リスク 企業活動に悪影響を与える要因と
その顕在化
企業活動が引き起こす悪影響の内容と
その顕在化
機会 企業が自ら開拓、獲得していく経済価値 社会課題を起点に企業活動が発揮できる好影響の可能性とその実現
目指すのは、企業が引き起こす悪影響(リスク)を最小化し、企業が発揮する好影響(機会)を最大化すること。

目の前にある危機と将来起こるべき危機への対応のバランスが求められる

毎年スイスで開催されるダボス会議が「The Global Risks Report」というものを発表しています。2016年に発表されたリスクの項目を見ると、向こう10年で「顕在化が予想される事象」と「影響力の大きな事象」、それぞれのトップが「大規模な非自発的移住」、「気候変動への対応の失敗」となっています。皮肉なことに、今目の前にある危機と、必ずしも今は目に見える形にはなっていないが長期スパンで起こるだろう危機というものがセットになって人々の懸念のトップに位置することになりました。目の前のことと、長期のことのバランスをどのように取っていくのか、敏感に経営の舵取りをしていく必要がある時代だと思います。特にグローバルビジネスにおいて、リスクの問題を日本の本社中心で考えてしまうと、世界の感覚とずれが生じてしまうと思います。

リスク要因への対応が企業評価の基準のひとつになっている

アメリカのSustainability Accounting Standards Boardが発行しているレポートによると、化学セクターのリスク要因は、「1.環境対策の側面」、「2.ビジネスモデルと技術革新の側面」、「3.企業のガバナンスの側面」だと述べられています。2の側面では、「化学物質の環境側面、社会側面での監督と報告の責務」というのがクローズアップされています。また、「ユーザーの使用段階での効率性に配慮した製品設計」を進めるべきとされています。御社の、最終ユーザーの視点で価値を考えていくという姿勢と合致していますね。それから、3の側面では、「政治的な支出」、「従業員の安全、衛生と危機対応のマネジメント」が大きなリスクファクターになるとされています。こうやって並べてみると、当たり前のことだという印象も強いかもしれませんが、持続可能性に配慮するような投資家、アナリスト、ファンドマネジャーという人達がこのようなレポートを見ながら、改めて企業分析、企業評価を進めているということをぜひ知っていただきたいと思います。

化学セクターを取り巻くリスク要因とは

1. 環境対策の側面

  • 温室効果ガス排出
  • 大気汚染
  • エネルギー、原料
  • 水利用
  • 有害廃棄物

2. ビジネスモデルと技術革新の側面

  • 化学物質の社会側面、環境側面での監督と報告の責務
  • ユーザーの使用段階での効率性に配慮した製品設計

※ この項目は、リスク要因というより機会要因として理解したほうが分かりやすい

3. 企業のガバナンスの側面

  • 政治的な支出
  • 従業員の安全、衛生と危機対応のマネジメント

(出所)Sustainability Accounting Standards Board, Chemicals Industry Briefs

SDGsに対してどのような貢献ができるのか、戦略のストーリーを

今多くの先端的な企業が自社の戦略のベースとして考えようとしているのが、国連の持続可能な開発目標(SDGs)です。世界にどんな社会課題があり、それに対してどのように解決の道筋を付けていくのか、この先2030年までの15年で達成すべき17の目標と169のターゲットが取りまとめられました。政府、大学の研究機関、企業を含め、世界全体で取り組む課題として、SDGsを共有していかなければならないという意識が高まっています。
今求められていることは、17の目標に対して自社の経営資源でどのような貢献ができるのかという道筋を付ける作業です。御社は2014年度中期経営計画で貢献すべき社会課題を明確にし、その上で事業ポートフォリオ変革を行いました。非常に説得力のあるストーリーをつくられたと思います。ぜひこれをもう一段、進化させるという意味で、SDGsを基にした社会課題の解決、そしてそれが事業と一体になった戦略のストーリーを描いていただきたいと思います。

真に「CSRは経営そのもの」という姿を目指して

「事業を通じた社会課題解決への貢献」とか「CSRは経営そのものである」というのは、御社のみならず、多くの日本企業が標榜しています。しかし様々な企業と意見交換していると、依然として壁にぶちあたっているというお話を伺うことも多くあります。私はその声を3つぐらいに分類することができると思っています。ひとつは、企業が引き起こす悪影響を社内で議論することが難しいという声。2つめは、リスクと機会を考えるとき、当然、事業ポートフォリオの変革や経営資源の配分の必要性が出てきますが、これにはトップマネジメントの力が不可欠だという声。そして3つめは、短期的な成果達成との間に生じるジレンマをどう解消したら良いのかという声です。御社には、これらをどう社内で解決し、あるいは一段高いレベルに押し上げていくかという議論をした上で、真に「CSRは経営そのもの」という姿を目指していただきたいと思います。その片鱗は、御社の社会課題の捉え方や事業変革のあり方の中に表れていると思いますので、さらに議論を積み重ねていただきたいと思っています。

激動期だからこそ、「長期的」思考で目指すべき先を定める

「世の中の様子をみていると、環境問題とかCSRとか悠長なことを言っていられない」、「企業の社会に対する責任という議論はいつのまにか贅沢品になった」というご意見を、最近頂戴することがあります。クリミア危機やシリア、IS、中国の問題、英国のEU離脱などを見ていくと、世の中の基軸が変わってきているという感覚を、確かに受けます。これは私なりの解釈なのですが、89年のベルリンの壁崩壊を境に、世界が解放や統合という理想の時代に向けて歩み出したはずだったのですが、その結果起こった格差によって束縛や分断の時代に遷移しているかのように見えます。ただ、逆説的かもしれませんが、激動期だからこそ「長期的」思考で目指すべき先を定めておくことが無用なブレを回避する方法論になるのではないかと思います。
今、日本企業に求められているのは、リスクのマネジメントと事業機会の発揮が長期的な企業価値に繋がっていくという信念を具現化していくことだと思います。ぜひ、持続可能性の議論、長期的な議論というものを企業経営の中に組み込んでいただきたい。御社はその先鞭をつけていらっしゃると思いますので、この道を突き進んでいただきたいと思います。

質疑応答

松尾常務
リスクと機会という考え方は非常に難しくて、トレードオフの関係が必ずあります。あるステークホルダーにとってはリスクでも、あるステークホルダーにとっては機会かもしれない。あるいは時代によってリスクと機会の割合は動くのではないか。この辺を長期的にどのように見ていくべきかが非常に難しいという気がしています。アドバイスがありましたらお願いします。
足達氏
ご指摘はおっしゃる通りだと思います。私はISOの規格策定に5年ほど携り、四百数十名の各国の専門家と討議させていただきました。その中で、「日本企業というのはリスクを認めることが下手だな」という個人的な印象を持ちました。耳障りなものに対してじっと嵐がすぎるのを待つのではなくて、リスクはリスクとして認めるという姿勢を少しずつ身に着けていくべきなのだろうと思います。
短期と長期で利害が対立するということは往々にしてあります。そして、2つの違うステークホルダーがあれば、利害が対立するということもあります。これをジレンマというわけですが、欧米のいくつかの企業ではジレンマの認識という議論が経営レベルで行われているそうです。そして、一部の企業のCSRレポートやサステナビリティレポートでは、ジレンマの開示というものがされています。日本の感覚でいうと、「企業の弱みを見せるのか」という感覚になってしまいがちですが、まずはリスクの認識をタブー視しないということが必要です。
そして、もうひとつはやはり、ステークホルダーとの対話、ダイアログが大切だと思います。今回のコーポレートガバナンス・コードでも、株主との対話、エンゲージメントという言葉が使われています。海外の企業、特に欧米の企業などは、外部の意見を利用して会社を変えるという術に長けているなと思うことがあります。例えば、非常に建設的なNGOや株主の指摘を企業の意思決定に反映させていくというようなやり方もあるのだと思います。
淡輪社長
貴重なお話ありがとうございます。経営者として重要なエッセンスがたくさん詰まっていました。実際、長期短期のジレンマというのは、ひしひしと感じます。どうしても我々は個々の現象面に引きずられますし、特に短期的に見たときの業績や影響という視点でとらえていくと進むべき方向を見誤るということがあると思います。足達さんがおっしゃるように「激動期だからこそ長期的な思考」というのはもっともだと思います。我々経営者もそうですが、社員にも必要な要素とはどのようなものでしょうか。
足達氏
最近、大学でリベラスアーツという言葉が見直されています。企業でも、リベラルアーツ的な素養、皆で語り合うような場所やきっかけが必要ではないかと感じています。企業の中にも長期でものを考える場面と短期でものを考える場面がなければなりません。この2、30年、どんどん時間感覚が短くなってきていますが、第一線でご活躍の社員の皆さんも長期に物事を考えるきっかけが必要だろうと思います。
また、ジレンマの視点では、これは賛否両論ある問題だと思いますが、すべてのステークホルダーと平等に良好な関係を作っていくという選択がはたしてあるのかというと甚だ疑問です。ステークホルダーが企業を選ぶ時代であると同時に、企業がステークホルダーを選ぶ時代であるという発想をしてもいいのではないかと思っています。御社の場合でも、単なるデフレ戦略ではなく、高くても環境や社会に配慮した製品を作っていくんだという、最終メーカーさんと目的を共有していくやり方もあるかもしれません。欧米の企業買収のようなドラスティックな舵取りというのは日本企業には向かないとはいうものの、このようなことをもう少し意識的にやってもいいのではないかという私見を持っています。

ご講演いただいて

当社グループは2014年度中期経営計画で、事業を遂行する上で「社会に貢献する課題」と「社会に影響を与える課題」という視点から重要課題を特定しており、まさに今回お話いただいた「リスクと機会」の新しいとらえ方での事業展開を目指しています。その上で、「リスクと機会」や「短期と長期」のジレンマというものから目を背けずに社内で議論し、当社グループの進むべき方向性を定めて進んでいかなければいけないという思いを新たにいたしました。経済、環境、社会の3軸のバランスのとれた経営を実現し、社会とともに持続可能な発展を遂げられるよう努めてまいりたいと思います。

コーポレートコミュニケーション部長 小久江晴子

足達英一郎 (あだちえいいちろう)
株式会社日本総合研究所 理事

1986年、株式会社三菱総合研究所入社。1990年、株式会社日本総合研究所入社。経営戦略研究部、技術研究部を経て、現職。企業の社会的責任の観点からの産業調査、企業評価の業務を統括。2003~2004年には、社団法人経済同友会の第15回企業白書の発行に携わる。その後、同社会的責任経営推進委員会ワーキング・グループメンバー。また、2005年03月~2009年05月には、ISO26000作業部会日本エクスパートとして「組織の社会的責任に関する国際規格ISO26000」の策定に携わる。
現在、三菱商事株式会社環境・CSRアドバイザリー・コミッティーメンバー、一般財団法人地域公共交通総合研究所アドバイザリー・ボード委員も務める。